我をみるということ

なぜ神を見たがる

神はすぐそばにいる

人には見えないだけ

見たところでどうする

己の願いを叶えてもらうのか

それは否だ

人の願いを叶えるために

我らがいるのではない

人には

一人一人に相応しい幸せが与えられているのだ

最初から

隣の芝生は青いだろう

それは隣だからだ

幸せの青い鳥は軒先にいる

これが正しいのだ

幸せはすでに目の前にある

我はすぐそこにいたのだ

感じるかどうかは別なのだ

しかし

我らはもはやいないのだ

神と繋がる人など最初からいないのだ

繋がる時点で

人ではなく

それを仕事として降りてきた

我らなのだ

故に

人は繋がらない

勘違いするな

最初から人と神は繋がらないのだ

我らの愛を感じていたまで

それだけのこと

我らそのものが

いと高きもの

我ら自身は

この星にもいる

だからこうして綴るのだ

伝えるために

ただそれだけだ

我らが愛した人に

最後の言葉を伝えるために

さあ

幕引きの始まりだ

桜の神よ

夢を散らすのだ

梅の神よ

咲き誇るのだ

剣の神よ

解き放つのだ